4

 それはおそらくドーヴィルの手のものが流した噂だろうといわれている。
 しかし確証はなく……また、確実に否定する材料もなく。
 父はただただ、この噂を口で否定するしかなかった。

 もしも僕の母が道をはずして僕を産んだのだとしたら。
 ロトの血脈がまったく流れていないのだから、魔力がないのも頷ける。
 それは僕自身も常々感じていたことだった。

 魔法が使えるからといってロトの子孫というわけではない。
 この世界で言う魔法とは精霊ルビスが、ロトの持っていた力──厳密に言えば、ロトの暮らしていた世界で栄えていた力──を基にして、現在のこの世界に生きる者達に与えてやったものだった。

 だからロトとは関係なくとも、魔道士や祈祷師や神官など、魔力を扱える者もごまんといる。
 また、魔物も元はルビスが「この世界の生き物」として生み出したものなのだから、彼らにも魔力を使える種族が存在していた。

 闇の力が強まるとそれに操られて魔物達へのルビスの影響が弱くなるのは、「人間」という大地を支配することが許された生き物の持つ知性と、魔物のそれとの大きな隔たりだった。
 その知性が低ければ人間といえども闇の力に惑わされ、また、闇に完全に染まらない魔物も存在する。

 それはさておいても……。
 その魔法という力の大本となったロトの血族であるならば、それらなど問題にならないほどの強力な魔力を継いでいてしかるべきなのだ。

 ドーヴィルは周りにそれとなく良からぬ噂を広めることで王妃と王子を貶め、現王が王位を退かねばならなくなった時……自分の息子を王位に就かせる算段でいる。
 現王派はそのように囁いていた。
 彼の息子はすなわち僕の従弟のはずであるが、もしも僕が現王の子でない場合……つまり「王子」ではない場合。
 僕から王位継承権は失われる。
 実際のところ、僕が王子かそうでないか、どちらの確証も現時点ではまだ無い。
 突然変異という可能性もありうるのだが。

 ドーヴィルの天下となった場合を憂い、国民は不安を口々に呟く。
「ドーヴィル様の支配下のローレシアでは我々は暮らしていけなくなるだろう……」
 彼は王の親族という立場を手に取り、王の見えないところで自分の支配する領地において過度の税金を徴収していた。
 公爵家に逆らう者は厳しく断罪し、時にはあらぬ罪をしたてあげて処刑することもあった。
 王の視察が入ればその度に彼の臣下達がうまく誤魔化し現行で場を押さえられないため、噂だけは耳にしているものの歯がゆい思いをしている状態だった。

 息子は、父に似ていない。
 物腰柔らかな穏やかな性格だが、悪く言えば優柔不断で父の悪事にも口出しできない臆病者だった。
 だが、そんな彼も僕には幼少の頃から心を許してくれていたようだ。
 父が横暴で息子は父の言うことに逆らえない…そんなドーヴィルの家が王位を継いで実権を握るようなことがあれば国民はどうなるのか。

 ローレシアを捨ててサマルトリア、ムーンブルクへ向かうべきか。
 それともかつての王家の先祖が住んでいたというアレフガルドへ?

「外に出れば魔物に襲われる……街は神官様の結界のおかげで保たれているけど……。こんなご時世にどこへ家出しようっていうんだい?」
 僕の問いに答える代わりに紡ぎ出された言葉に、僕を溜息をついた。
「剣技があればなんとかなるさ……きっと。そして僕はかつての曾爺さんがそうしたように、僕が住むべき新天地を見つけたい」
「貴方が住むべき場所はここなのに、アーリル……」
 うなだれる相手の頭を軽く撫でてみる。
「レイカーリス・アレン・ローレシア。……僕の名前。……王位を継ぐべき者に与えられる、曾爺さんの名前『アレフ』が冠されていない。……これは決定的だと思うけどな僕は」

 "ロト──神に近き者"と謳われた勇者が、過去にアレフガルドという大地に現れた。
 そして、その子孫だと言われた勇者アレフ。
 彼と、彼の妻でありアレフガルドの一王国の姫であったローラによってローレシアは興され、そして後に生まれた兄弟によってサマルトリアとムーンブルクという王国が興された。
 ロトの血を継ぐこの三国は「ロト三国」と呼ばれ、同盟を結び今日までの交流を持っている。
 勇者アレフを曾祖父に数えるこの代では、ローレシアには僕、サマルトリアには僕と同じ歳の王子とその妹姫が一人ずつ。そしてムーンブルクには僕より一つ下の姫が産まれたとのことだった。

「ロトの血なんて関係ない、まったく別のところに行きたい。まっ更な僕を受け入れてくれる所に」
「……」

 ティールはそれ以上何もいうことが出来なくなったらしく、黙り込んでしまった。
 この城を出ることが僕の望みであるのならそれを止める手立ても強力な理由もない。
 そして、申し訳ない話だが……もし彼がいなくなれば父の望み通りになる。
 自分が父とリークとの板挟みにならずにすむ……などと考えていることは表情から明らかだった。

「貴方が決めたことなら止めない。……でも家出じゃなくて挨拶くらいはしていってくれないかい」
 ティールに言われ、僕はこくりと一つ頷いた。

次へ



□モドル□


Presented by 小説X ver1.1,