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「闇の力……か」
 書斎に一人篭もる男は書物をひとつ手に、一人ごちた。
 ここ数年ばかりで急に魔物が人を襲うようになった。
 はじめは対処のしようもなかった民衆だったが、国によって軍が出され、そしてルビス教の神官により街に結界が張られることによって、内部への侵攻はそれ以上進むことはなかった。
 しかし、なぜだか魔物達は人間を狙う。
 喰らおうとし、支配しようとする。
 かつて、男の祖父──といっても男が物心ついた頃には亡くなっていたが──が制したといわれる闇の力を持つ者、竜王が居た時代に似た歴史が再び繰り返されているようだ。
 どうやらいずこかで闇の力が蘇り、魔物達の意識もまた闇により操られ始めたのだろう。
 100年前のあの時のように。
 
 おかげで街の外へ出る際は危険な大地を出歩かねばならなくなり、その為各国の交流も途絶え気味となっていた。
 それでも勇猛果敢な商人は商売のチャンスとばかりに出かけていたが、そのまま帰らぬことも多くなっていた。
 しかし、その中でも他の王制国家よりも近きにあったムーンブルクとアレフガルドの国……ローラ姫の祖国でもあるラダトームは、ある程度の親交を持っていたようだ。

 この闇の正体は一体なんなのか、よもやラダトームに納められていたという闇を制する聖玉が失われでもしたのか。
 しかしラダトームともムーンブルクとも久しく交信していないとはいえ、そのような話は聞いたことがない。
 聖玉……かつてロトが闇を制するのに使ったという、光の玉という不思議な代物。
 ロトが神に近き者であるなら、光の玉は神の生み出した奇跡の力に他ならなかった。
 それが失われでもしたのなら、一も二もなくその話は広まるはずだ。
 ではこの闇の力の正体は一体何なのか……。

 男には、掴めずにいた。
 それはこの男に限らず誰しもが同じことであったのだが。





 ──翌日。
 僕は謁見室へ出向いた。
 16となればローレシアでは成人も同然となる。
 早く自分の計画を実行に移したかった。
「父上、お話があります」
「アーリルか……どうした」
 ついぞ、書斎から戻ったらしき父は重々しい口調の僕の態度にひやりとしたものを覚えたようで、苦々しい顔で僕を見た。
「……城を出ます」
 僕は短く言い放った。
 僕の父、ローラント王は眉根を顰め、訝しげな顔をした。
「何ゆえだ」
「剣の修業をいたしたく」
「修行が終われば戻るのだろうな」
「納得のいく腕を身につけられれば、その折には」

 短く淡々とした会話が続く。
 父は眉間に手を当てると大きなため息を漏らした。
「……納得がいかなければ永遠に戻らない、ということでもあるな」
「そうですね……」
 僕は視線を落とす。
 父は悲しげな瞳を見せる。
 
「妻を失い……子までも失えというのか……私に……」
「……私は、……」
 僕は言葉に詰まる。
 貴方の子ではないでしょう、というセリフが喉まで出かかった。

 父は、噂の真実などどうでもいい。僕が自分を父として慕ってくれるかどうか、それがすべてだと……噂の否定をした時に話してくれたことがあった。
 僕は、この偉大な父が好きだった。
 だから余計に自分のことで父をこれ以上苦しめたくないという思いもあった。

「戻ります。父上がご存命のうちには必ず。だから、行かせてください」
「お前はこれから王位を継ぐ者として益々帝王学に励まねばならない時だというに……この時期に、か」
 僕が城を出れば、噂を肯定したようなものだ。
 父としてはそれはなんとしてでも避けたいことだったろう、それはわかってはいたが……。
 そもそも王位争い自体が下らないと考えている僕にとって、王位などというものはティールにさっさと渡してしまいたいやっかいな存在なのだ。

 そんなことを考えていた、時。
「王! ローラント王!!」
 兵士が突然謁見室に駆け込んできた。
「何事だ!」
 あまり快い会話の最中ではなかった為か、父は思わず声を荒げる。
「ムーンブルクより使者が……」

 驚いて目を見張っている間に、使者が通された。
 そしてその姿に父も僕も絶句した。
 ぼろぼろに傷付き、息も絶え絶えではないか。
「なぜここへ通した。治療し休ませる方が先であろう!」
 父は使者についていた兵士に言うも、「お待ちください」と使者が弱弱しい声を上げた。
「これを、伝えねば……。大神官ハーゴンと申す、闇に捉われし者が……軍を放ち、我がムーンブルクの城を……」
 ここで使者は一度咳込む。
 その時に一緒に吐き出した血溜りによって、床に染みが広がる。

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□モドル□


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