6

「ハーゴンは禍々しい神を呼び出し、世界を、破滅させようと……しております……どうか、ご、対さ…く、……」
 語尾が段々弱っていき、最後の結びを終えぬまま。
 使者は言葉を紡がなくなった。
 兵士が口元に手を当て息を確認するが、首を横に振る。

 僕は瞳を歪めた。
 人が眼前で死ぬのを16年間生きてきて……初めて目の当たりにしてしまったのだ。

 僕の様子に父はかぶりを振る。
 それから、やや考え込むと意を決したように言った。
「アーリルよ。今の話は聞いたな」
 何事かと僕は目元を拭ってから顔を上げた。

「闇の者を制するには、軍の力ではだめなのだ……聖なるロトの血を持つ者でなくてはだめなのだ。……アーリル、お前の望みと奇しくもこの時が重なった。……闇の者、ハーゴンを打倒して参れ。そうすれば、世の噂などその功績の前には消し飛ぶだろう。その時こそ私はそなたに王位を譲ろうと思う」

 王位には、興味はない。
 だが。
 心の奥底が、ざわめいている。
 闇の者を放ってはおけない。

 もしかして例の噂はやはりデマで、自分はやはり父の実子なのではないかという期待も、持っていないことはなかった。
 そのハーゴンとやらを打ち倒すことが出来れば、自身の立場の確立が出来、父の立場も守ることが出来るかも知れない。


 父の意をそう汲み取った僕は、一つ、大きく頷いた。



「サマルトリアとムーンブルクには血をわけた王族がいることはそなたも知っておろう」
 父の用意した武具を拒否して、僕は剣の鍛錬の時に使っていた銅の剣を身に着けていた。
 王子はこの歳ながら、この国の誰よりも剣技に長けている……とは世論での評価だが。
 それは魔力が使えない分を補おうと必死に努力した、その賜物に他ならなかった。

 はじめは父ももっと良い装備を、と訴えたがそれをかたくなに拒否した。
「下手に新調されてしまうより、使い慣れている剣の方が良いのです」
と。
 仕方なく父はその剣の整備を鍛冶屋に命じ、それからわずかばかりの軍資金──これも、最低限の金額に抑えさせてもらった。国民の血税に頼らずともその程度自分で稼いでみせる──のみを手渡し、僕を送りだすことにしたようだ。

「ロトの血が集まれば集まるほど強くなるかも知れぬ。本来ならば私も、弟ドーヴィルもその息子ティルダも……皆が出向くべきなのはわかっておる……。だが、私は国民を守らねばならん。この期に乗じて、ドーヴィルが支配を強めるかも知れぬ。そしてあやつがこのような危険な仕事に自ら出向くとは思えぬ……我が弟ながら、兄弟で不仲とは情けない話ではあるが。それはさておき……」

「私に何かあれば、ティールを王にしてください。あいつは情けない奴ですけれど、叔父上よりは国民のことを考えています」
 父の言葉を遮り僕が告げた言葉に、父は一瞬顔を顰めるが。
 首を軽く横に振る。

「……さておき、ロトの血を集めるが良い。サマルトリアを尋ね、お前の親類に当たる王子と姫の力を借りよ。……ムーンブルクの力も借りられたら、尚良かったのだがな……」
 遠い戦禍に思いを馳せ、父は溜息を洩らした。

「……最悪の場合は己一人でも何とかいたします」
「思い上がるでない。世にはびこる魔物すべてを操るほどの力を持った邪神官が相手だ、必ずサマルトリアの力を借りよ。伝令はすでに出してある。行けば話が通るだろう」

 それでは意味がないのではないか、と僕は口の中で呟いた。
 自分のロトの血を証明するための旅ではなかったのか……。
 僕は心密かに、サマルトリアには寄らず旅立とうと決めた。

「では……行ってまいります、王。必ずや朗報をお耳に」
 僕は他人行儀に大げさに畏まると、一礼してから足早に謁見室を去った。



「ほう。王子はハーゴン討伐に出られたか。次期王に成られるはずの御方を危険な旅路へ送り出すとは、兄上も思慮の浅い方ですな」
 王子と入れ違いざまに低い男の声が響き、声の主が謁見室に足を踏み入れた。
「何用だ。ドーヴィル」
 王弟ドーヴィルは王の前で跪き、畏まって頭を下げる。
「いえ。……レイカーリス殿に何かが起こった際には、ティルダのことをお忘れなく、と。それを伝えに来ただけです」

 この弟と完全に意思が通じなくなったのはいつの頃からであろうか。
 異母弟である彼は、幼いころから彼の母に自分への憎しみを植えつけられてきたらしい。
 それでも幼少のころは時折、二人で遊んだりしたものだが……彼が10の歳を過ぎる頃には完全に彼は自分を疎む対象として見ていたのを覚えている。
「わかっておる。……その件については後日改めよう。私は疲れた……下がらせてもらう」
 そう告げると王は自室へと下がった。
 厭らしい笑みを浮かべながら、ドーヴィルは王が立ち去る様子を眺めていた。

次へ



□モドル□


Presented by 小説X ver1.1,