8

 一番鶏が夜明けを告げる。
 その少し前に目を覚ましていた僕は、荷物袋を担ぐと部屋の窓にかかったカーテンをそっと開けて、外を眺め見た。
 外はまだ薄暗い。
 カーテンを閉めると、僕は裏門へ向かった。
 知らせた身内以外には見られないように。
 そう思っての行動だったが……。
 門のところに、女性と兵士が居た。

 やや距離を置いて様子を眺めていると、二人が小声で話しあっている。
「ニフルは王子に付いて行くんでしょう?」
「レイカーリス殿下をお守りするのが俺の使命だからな」
「生きて帰って来られないかも知れないって……大神官ハーゴンという人は外の魔物を操るほどの強大な力を持った相手だと聞いているのに……」
「この城に仕えた時からそれは覚悟しているさ。兵士というのはそういう仕事だ。……俺は、孤児になった俺を幼いころから育ててくれた王に恩返ししたい。王の大事なご子息を守ることは俺の使命だよ」

 なるほど。この二人は恋人同士で、……ニフルと呼ばれたあの兵士は昨日謁見室に居た一人か。
 女性は王室付きの侍女?
 目を凝らして顔を見ると兵士の方は確かに昨日、亡くなったあの使者を連れてきた彼だった。
 僕は一つ、大きく咳払いする。
 聞こえるようにわざとらしく。

 二人ははっとして僕に振り向くと、慌てて互いの距離を取った。
「早朝より見回りご苦労。……すまないが今の話、聞いてしまった」
 言われ、兵士は慌てて敬礼した。
「無礼な姿をお見せしました殿下、……陛下からの命によりお供させていただきます!」
 意気込む相手の言葉だが、僕は首を軽く横に振った。
「……父上も僕に黙って勝手なことを。……いらない。僕一人で出る」
 二人は僕の言葉に「え」と思わず言葉を失う。

「僕が一人で行かないと……意味がないんだ。頼む、わかってくれ」
「いえ、ですが、しかし……」
 兵士が戸惑う。
 僕はさらに続けた。
「王に恩義を感じてくれたなら、王を守ってやってくれ。……まだまだ公爵派の暗躍は続いている、どういう方向に転ぶか知れない。僕が居ない間に王が暗殺されでもすれば、自動的に王位継承権は公爵家のものとなる。そんな形で父上を失いたくはない、だから……頼む」
 二人は黙り込むが、意を決したように兵士が顔を上げた。
「王の命に背くことになるのは心苦しいのですが、……レイカーリス殿下がそこいらの魔物などには負けぬ強い身体と心をお持ちなのは存じております。そして、ロトの血を引くお方ならばルビスの聖なる加護が魔物より王子をお守りするでしょう。……貴方様を信じるからこそ、王ではなく貴方様の命に従います」
 そういって深々と礼をする。
 女性はまだ戸惑っていたが、ようやっと平静を取り戻して兵士と一緒に礼をした。
「私も臣下の身で及ばずながら……王と彼を手伝わせていただきます。王子様、無事にお帰りになることを心よりお待ち申し上げます」
「ありがとう」
 王の命令に背くことにより、彼は王から叱りを受けるだろう。
 そのことに罪悪感は感じるが、それ以上にこの旅は、一人で成し遂げたかった。
 かつてアレフガルドを一人で救ったという曾祖父のように。

 二人の肩に手を置いて軽く叩くと、僕は二人の横を抜けて門前に立った。
「門を開けてくれ」
 兵士は言われた通り、門を開けるレバーを操作する。
 裏門がゆっくりと音を立てて開いた。
「……行ってくるよ。必ず戦果を上げて帰ってくる」
 僕は二人に見送られると一度だけ振り向いた。

 もう、帰って来られないかも知れない。
 感傷的な想いが蘇る。
 16年間、自分が育ってきた城。
 国交の為に魔物がはびこる前に数度だけ出たことはあったが、その時は命の危険などなかった。
 ただの物見。必ず帰ってこられたのだ。
 今度は違う。
 二度と、この城を見ることはないかも知れない。

 だが……、振り返るのはこれきりにしよう。



 万感の思いを込めて。
 僕は第一歩をローレシアの大地に踏みしめた。


第二章へ続く



□モドル□


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