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「お兄ちゃん、ローレシアからの伝令って聞いた?」
 幼さの残る少女が、中庭で寝ころんでいたぼくを覗き込んだ。
 暖かい日差しにうとうととしていたぼくは眠い目を擦りながら起き上り、ぼくを兄と呼んだその少女を見上げる。

「聞いたよ……ローレシアの王子様が闇の力の討伐に出たっていうんだろ?」
「うん、……」
 妹は隣に座りこむと、中庭の泉を見つめた。
「ロトの血筋だから、私達も一緒に行かなきゃいけないんでしょ?」
「だろうね。父様が出るわけにはいかないだろうし。伝令を聞いた時の母様のうろたえようったらなかったな」
 思い出し笑いをすると、ぼくは一つ溜息を洩らしてかぶりを振った。

 そんな様子を意に介さず妹は笑顔で話を続ける。
「私、ずっとお城の中で退屈してたの。冒険の旅ってカッコ良さそう! しかもロトの勇者様になれるなんて最高だもん!」
 はしゃぐ妹君に、ぼくは軽く乾いた笑いを浮かべると空を見上げた。
「そんな軽い旅行に行くノリで済まされる仕事じゃないんだぞ。大役も大役。途中で投げ出せないんだ。もしも投げ出したが最後、それから一生肩身狭い思いで生きていかなきゃいけないとか、……そうそう安易に引き受けられることじゃないんだってわかってるか?」
 ぼくの言葉を聞いて妹はますます燃え上がった。
「投げ出したりしないもん! 私頑張る、それにお兄ちゃんが一緒だし!」
「ぼく、まだ引き受けるか決めてないのに……」
 苦笑するとぼくは立ちあがって妹を促した。
「とりあえず父様ともう少し話をしておこう」



「ローレシアの王子とともに出るのはカイン一人だ」
 城の謁見室で父様である王にそう告げられ、妹は愕然とした顔をした。
 カイン。
 それがこの国、サマルトリア王国の第一子であり王子でもあるぼくの名。
 いや、カインっていうのは愛称なんだけど、この国の人達は身内から民衆からぼくに親しみを込めて、愛称で呼んでくれていた。
「なんでお兄ちゃんだけ!? 私もロトの子孫じゃない!」
「お前はまだ14歳、成人とは認められない。それに……お前はカインに代わってこの国を守らねばならん、それはわかるな? シア。」
「わかんない!」
 少々おてんばで我儘に育った少女。
 シアと呼ばれた妹姫は、ぷうっと頬を膨らませるとそっぽを向いた。

「……お前さ、お姫様だし……もともとそういう想定してないで育てられてるから戦闘訓練受けてないだろ」
 やれやれと溜息を洩らしながらぼくはシアを宥める。
「お兄ちゃんは受けてるの?」
「当たり前じゃないか。一国の王っていうのは戦争の時にはその指揮官にならければいけない。戦えない指揮官じゃみんな困るからね。……それに、万が一旅先でぼくに何かあれば、国の跡取りがいなくなる。そうしたら、サマルトリアからロトの血統が失われる……」
 そこまで言われて黙り込んでしまう。
 反論が無くなったと見て、ぼくは父様に顔を戻した。

「ぼくが出なきゃいけないのはわかりましたが……。供はつけるんですか?」
「それは当然な。軍隊が出せない以上、わずかでも供は居た方が良い」
 ぼくらの会話を聞いていて、シアがはて、と首をかしげる。
「軍隊が出せないの? どうして?」
 頷くと父様はシアを見つめた。
「カイン達が行おうとしているのはいわば暗殺、だ。暗殺部隊の結成。残念ながら現状、敵の軍の方がこちらより力があるのはムーンブルクが陥落したということからもわかる。そこへ軍隊で向かえば一発でこちらの手の内が知れてしまって、その軍隊は壊滅させられて終わり……だ。だから少数精鋭で極秘裏に、敵の親玉に近付かねばならない。……それに一番適しているのが、かつて闇を制したというロトの血を持つ人間なのだよ」
「部隊長とかならお兄ちゃんより絶対強いと思うけど、それよりもロトの血の方が強いの?」

 シアの言葉にぼくは冷や汗をかきながら頬を掻いたけど、父様はその通り、と頷いた。
「単なる力比べなら部隊長の方が強いだろうが……闇の力を持つ者というのは力だけでは抑えきれない得体の知れない存在なのだ。かつての英雄、ロトが他の戦士達が成しえなかったことを成した理由がそこにある」
「ロトって神様だったの? 私達ってその子孫?」

 次から次へと質問を飛ばす彼女の言葉を遮るようにぼくは前に出た。
「とりあえず事態は了解しました、さっそく旅支度を整えます。……えーっと……それで、いつ頃出ればいいんでしょうか。ローレシアまで迎えに行った方がいいですか?」
「いや、彼の方からすでにこちらに向かっているそうだ。……その前に例の泉の洞窟に立ち寄っているかも知れんな」
 父様は顎に手を当てて考え込む仕草をする。

「ああ、勇者の泉の洞窟……勇者アレフがローレシアを興す際に立ち寄って身体を癒したというあれですね。なるほど、こっちに来るよりそっちに行くのが先か……よし」
 僕は右の平手に左の拳を打ち付けると意気込んで見せた。

「先回りしてみようか! びっくりするぞきっと」
 いたずらな瞳を浮かべてくすくすと声を立てて笑う僕に、シアは再びむうっと頬を膨らませた。
「お兄ちゃんばっかり面白そうでずるい!」

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□モドル□


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