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「それでただの一匹も魔物を倒さずにここまで参られたのですか……」
 呆れとも感心ともつかない声で、老人が声を上げた。
 勇者の泉。
 ロトの勇者アレフ……ぼくらの曾爺様が、ローレシア大陸へやってきた際に体を清めた泉。
 その泉の癒しの効力により、王国を興す力の礎にしたという。

 それにちなんでかローレシアの人は旅立ちの時にここで身体を清めるのが慣例となってるらしかった。
 泉の守の老人に身体を清めてもらいながら、ぼくはここまでの道中を語っていた。
 今までが賑やかな王宮での生活だったのだ。
 それが突然の、一人旅。
 正直な気持ちを言ってしまえば寂しくて……いや、退屈で仕方がなかった。
 この泉でローレシアの王子を待とう、そうすれば話し相手が出来ると思った矢先にこの老人と出会って、ついつい口が緩んでしまったのだった。

 ここの老人はローレシアに仕える、神官の一種らしい。
 ローレシアの教会で神官を務めていたものが隠居するとここへの配属になるそうだ。
 この老人はもっと年老いた前任に代わって20年前ほどにここに配属されたとのことで、ここ最近のローレシアについては疎いということだった。

「あはは。いざとなったらやっぱり戦うのに怯んじゃってだめだね。闇の者を倒さなきゃいけないのにさ、……どこか、自分とは遠い出来事のような……他人ごとみたいな気分がまだ取れてないんだ」
「お気持ちはわかります……」
 老人は小さく笑って頷くと、もう一度ぼくの頭に泉の水をかけてくれてから、身体を拭くための布を手渡してくれる。
「ここでしばらくローレシアの王子をお待ちになるんですな?」
「うん、下手に出歩いて殺されても割に合わないしね。どうせ来るってわかってるなら動き回る意味もない」
 身体を拭きながらぼくはそう答えると、衣服を身につけて微笑む。
「……それに貴方と居れば退屈しなくてすみそうだしね」



 なんとものんきで能天気な王子様である。
 それだけサマルトリアは平和だったのだろう。
 そして、この王子はそれだけ愛されて育ったのだろう。
 相手から見てとれる様子に老人は微笑ましく思う。



「……時に、食料ですが」
 身に着け終わったところで声をかけられ、ぼくは振り返った。
「そうそう、貴方はこんなところにずっと住んでいるわけだからどこかから食料の調達をしているはずですよね。ローレシアから配給があるとかそういう感じですか?」
「それもありますが、外を魔物が徘徊するようになってからは配給の回数が減りましてのう。どうしても足りない時は、魔法の力で調理、ですじゃ」
「調理」

 何を、と言いかけて飲み込んだ。
 通路の前方に大きなねずみが一匹居る。
 老人はそれに向かって魔法陣を描き詠唱をはじめると、ほんのわずかな時間でその魔法は発動した。
 閃光の熱により炎を巻き起こす魔法……「ベギラマ」だ。

 ひゅう、とぼくは口笛にも近い息をもらす。
 自分が使えるのはまだ回復の初歩呪法「ホイミ」だけだけど、ある程度の魔法の知識はある。
 強力な上位魔法になればなるほど詠唱には時間がかかり、またその詠唱内容と魔法陣の陣形を覚えるための努力が必要だ。
 それを覚え、自在に発動出来るようになった時、「その魔法を使える」と宣言することが出来るようになる。
 ベギラマはかなり高度な魔法で当然ながら今のぼくには扱えないものだけど、憧れの一種でもあった。
 その上位魔法をあれだけの短時間で発動させられるなんて、このお爺さん、かなりの使い手だ。

「もともとローレシアの高位神官だったっていうなら当たり前、か」
 ぼくは自分が今考えていたことに苦笑すると、黒焦げになったねずみに近寄ってしっぽをつまみあげた。
「なるほど、魔法の力で調理ですね」
「聖なる魔法で焼きつくせば毒や害なども駆除されましてからに」

 それからぼくらはしばらくの間、ねずみを食べながら談笑した。
 現在のローレシアの王子が生まれたのは16年前で、つまりぼくと同い年であること。
 老人は、生誕の際の式典には参加したがそれ以降はここから動いていないので現在の王子の顔を知らないこと。
 ローラント王には異母弟があり、彼が常々おかしな動きをしていたこと……等々。
「そんなことまでぼくに話していいんですか?」
 ふと気になって、残った最後の肉片を口に入れながら尋ねた。

 老人は、言われて確かに話し過ぎた、と視線を逸らしてからもう一度ぼくを見る。
「貴方には人に心を許させる不思議な雰囲気がおありですな。誰もを信じて誰もを信じさせる。心を明るくさせる。……かつてのローラ王妃も、そういう方でした」
 老人から出た言葉にぼくは目をパチクリさせてしまった。
「……曾婆様を知ってるんですか」
「儂がまだ10の歳の頃に王妃様……当時はすでに王太后様のご身分でしたが……ローラ様と数度だけお会いしたことがありましての。周りを明るくさせ、和ませ癒す、お美しいお方でした。それから10年くらいしてからか、ローラ様がお亡くなりになったのは」
「なるほど。……曾爺様のアレフは確かその2年前に亡くなったと聞いてますが……」
 ぼくの言葉に老人は頷くと、食べ終わった後片付けをしはじめた。
「美人薄命英雄薄命。お二人ともまだお若かったのに……新天地を探しての旅がお体に堪えたのかも知れませんな。増してやアレフ様はその前に竜王を倒すという偉業を成し遂げられておった」

 ミルクを腐らせてはいけないと、携帯していたミルクを飲み終えてぼくの食事は終わった。
 袋には代わりに泉の水を入れることにする。
「ぼくも、その勇者アレフのようになれるだろうか……。なれたらなれたで英雄薄命になったりして、ね」
「貴方様は大丈夫でしょう。ハーゴンを倒すという偉業を成されても、きっと長生きできますよ」
 老人の言葉に「どういう意味」と冗談めかして絡んでみる。
 そうこうしているうちに眠気が襲ってきた。

「ふあ、……洞窟の中は時間がわからなくていけないや。もう夜?」
「……でございますな」
 老人の持つ日計りの砂時計が夜の9時ごろを示している。
 確かに夜だけど、寝るには少し早い時間。
 城に居た頃なら家族と談笑したり、本を読んだり兵士とチェスをしたり、と過ごしていたはずの時間だ。
「そっか、今日ずいぶん歩いたり走ったりしたから疲れたのかな。すみませんがレイカーリス王子が来たら起こしてください。おやすみなさい……」

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□モドル□


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