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 朝になってもローレシアの王子が現れる気配はなかった。
 ぼくはおいっちに、おいっちに、と掛け声を上げながら準備運動をする。
「今日はいかがなさるつもりかな」
 老人に声を掛けられるとぼくは一つ背伸びをしてから答えた。
「ぼく、思うんですが……ローレシアからここまでは半日もあれば着く距離なんでしょう? なのに一向に現れる気配がないってことは、ひょっとしてまだローレシアを出ていないんじゃ」
「まあ、その可能性は、……無くは無い、ですな」
「でしょ!」

 ぼくは思惑通り、と顔を輝かせるとひょいと荷物袋を背負って見せた。
「そんなわけでいっそこっちから迎えに行ってやろうと思うんです! ずいぶんとのんびり屋みたいだし」



 レイカーリスがのんびり屋だという話は聞いたことがないが、ひょっとしてそういう性格なのかも知れない。
 それとは対称的にこの王子はずいぶんとせっかちだな、と思った。
 仮にローレシアからの出発が遅れているとしても、もう一日も待てばやってくるだろうに。
 しかし老人はそれをカインに告げることをしなかった。
 そうしてあちらこちらを歩き回ることも大切だろうと思ったし、それにローレシアの王子とこれから旅に出るのだからローレシアを訪ねて情勢を見せておくのも悪くはないと思ったのである。

「出発なさるか。無事に会いまみえることを祈っております。ロトの守りが共にあらんことを」
「ありがとうございます。……またそのうちお会いしに伺います、お元気で」
 少年は一礼すると泉を後にした。
 後に残るのは、静けさ。 
 十数年ぶりに味わった賑やかしさが一気に消え失せると、老人は久々に「寂しい」という感情を味わったのだった。




 ここから南に下ればローレシア城だ。
 老人に教えてもらった道を辿り、ぼくは足取りも軽く南へと向かう。
 ふと。
 前方で、大きな生き物らしきものが3匹ほど蠢いているのを見つけた。
 あれは。
「なめくじ。……おおなめくじ」
 確かこの周辺に住んでいる魔物について習った時に、本に載っていた姿だ。
 なめくじが巨大化しただけなので大して強くはないとは聞いてる。
 でも、3匹。

「戦えるかな、どうかしら」
 砕けた言い回しをしながら、そろりそろりと大なめくじに近寄ってみた。
 なめくじがこちらに気づく。
 ぬろぬろと、這う音を立てながらぼくに近寄ってきた。
 ふとぼくは、妹がなめくじが苦手なのを思い出した。
「こんなところにシアがいたらきっと大騒ぎしてただろうな……」
 くつくつ笑うとレイピアを構えてみる。
 ……レイピアというのはどちらかというと「斬る」よりも「刺す」ことに長けている武器で、こういった敵にダメージを与えるのに果たして適しているのか、今一つ自信がない。
 ひとまず。

「といや!」
 掛け声を上げるとぼくはなめくじに向かっていった。
 思い切りレイピアを突き刺してみる。
 柔らかい感触とともに深く突き刺さるが、相手の致命傷にはいたらなかったようだった。
 それを抜こうとしている間に後ろから大なめくじに思い切りどつかれる。
「……あい、たた……」
 更に、レイピアが刺さった相手も大暴れし、ぼくは振り払われてしまった。
 投げ出され、身体の痛みを覚えながらも起き上ったぼくは大暴れしているなめくじを見た。
 ……レイピアはなめくじに深々と刺さったままだ。
 武器を失い丸腰になってしまったことに気づいて、顔から血の気が引いた。
「嘘……」

 とっさにぼくの脳はぐるぐると回転をはじめた。
 どう切り抜ける?
 レイピアをどうにかして取り返すべきか、逃げるべきか。
 レイピアをここで失えば、武器を失うことになる。
 素手ではとてもではないが徘徊する魔物に勝てるはずもない。
 かといって、まだまだ元気な2匹の攻撃を潜りぬけてレイピアを取り戻せるかというと、……
「命あっての物種! 三十六計逃げるにしかず!!」

 回転を終了したぼくの脳は、「逃走」の2文字を叩き出していた。

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□モドル□


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