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 大なめくじの動きはそう早くない。
 ぼくが逃げ出すとあっという間にその姿は遠ざかる。
 しばらくして姿が見えなくなったのを確認すると、ぼくは肩で大きく息をした。
 ぜえ、ぜえ、とまるでぜんそくの様な荒い呼吸になる。
 ややあって人心地ついてから。

 急にがくりとそこにしゃがみこんでしまった。
「情けなさすぎるだろこれじゃ……」
 大きくため息を漏らす。
 旅立って一晩が過ぎたけど、ただの一度も魔物を倒してないどころか武器を失っちゃうとは。
 ロトの血がきいて呆れる、と心底の嫌悪を感じながらもふと、丘の下へ視線を落とすと城が見える。
「あれは、……まさか」
 さきほどまでの自己嫌悪はどこへやら。
 ぼくの心がにわかに浮足立った。

 魔物に見つからないように、出会わないようにと祈りながら城の門の前へとやってくる。
 頑丈そうな大きな門、その前に兵士が一人立っていた。
 ぼくは歩み寄ると兵士に笑顔で一礼する。
「あの、すみませんが……ここはローレシア城でいいですか?」

 突然現れたぼく……いや、旅の人間に兵士は訝しげな視線を向けてきた。
 ややためらってから、
「ああ……ここはローレシア王国、王城だ」
 答えた。
 それを聞いてぼくは顔をさらに明るくすると、今度は深いお辞儀へと体勢を変える。

「見張りの役目、御苦労様です。ぼくはサマルトリア王子、アシュカイナ・アレフ・サマルトリア。この度は父であるサマルトリア王より闇の討伐の命を賜ってこちらに参りました。王陛下と王子殿下へのお目通りを願います」
 ぼくの自己紹介に兵士は目を丸くしてぼくを見つめた。

 兵士はしばらく黙ってから、「……王に確かめて参ります。しばしお待ちを」兵士用の出入り口から城内へ入っていった。
 待つこと20分。
 兵士が戻って来る。
 その態度は、さっきまでの横柄な態度とは打って変わっていた。



「よくぞ参られた、アシュカイナ・アレフ王子殿下よ」
「以前お会いしたのはぼくが幼少の頃だったと記憶しております。ご無沙汰しております、ローラント王陛下」
 謁見室で王の前に跪くとぼくは視線だけで辺りを見回した。
 王。
 大臣らしき男。
 近衛兵が数名。

 ……レイカーリス王子はぼくと同じ歳の少年だったはずだ。
 それらしき人物は、室内には居ない。
「魔物が人を襲うようになってからずいぶんの時が経つ。ここまでの道中、お一人で苦労されたであろう」
「いえ、それは特には……」
 まさか戦いは全部逃げてきました、なんてことは言えずぼくは言葉尻を濁した。
 それから、思い切って尋ねてみることにする。

「あの……恐れ入りますが、王子殿下はどちらに」
 ぼくの言葉に王は一瞬黙った。
 額に手を当てて何かを考え込んでから、ようやく口を開く。
「貴殿が一人でいらした瞬間から、そのような予感はしておりましたが……。あやつはサマルトリアへ伺っていないのですな?」
「は? え? あ、は、はい?」

 思わぬローレシア王の言葉にぼくはまぬけな声を出してしまう。
「……アーリ……レイカーリスは、3日前の早朝に旅立ちました。ここからサマルトリアまでは歩いても1日程度の距離、勇者の泉へ立ち寄ったとしても明らかにサマルトリアへは当の昔に到着していなくてはならないはずです。……貴殿はあやつが現れないことに痺れを切らしてこちらへ参られたのでしょう?」
 それは、まあ、近い。
 正確には待っていた場所は勇者の泉だったけれど、その日程で考えればレイカーリス王子はとっくに泉に来ているはずで、とっくにサマルトリアにも行っているはずだ。
 泉の守の老人は、ぼくが尋ねてくる以前には配給の者が数日前に来たのみだ、と確かに言っていた。
 考えられる可能性としては……泉より先にサマルトリアへ行った?

 道中休み休みであれば3日かかる可能性もないことはない。
 サマルトリアとローレシアの間には確か一つ、大きな街があったはずだ。
 外の魔物は一人で立ち打つにはなかなかに手ごわい。
 そこで回復しながらゆっくりサマルトリアへ向かっている可能性が高い。

 つまり。
 入れ違った。

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□モドル□


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