「カイン殿ならもうすでにローレシアに向かっておられますぞ」
 道中の敵を、今度は順調に薙ぎ払いながら泉に辿りつき、そこで守をしていた老人に声をかけてみると開口一番にそう言われた。
 何のことやらと思わず首を傾げてしまうと、老人も合わせて首を傾げる。
「……カイン殿を探しに来られたのではないのですかな?」
「カイン、とは? 誰のことだ? ……いや、そもそもご老人、貴方は一体」

 ああ、と頷くと老人はこほんと一つ咳払いをする。
「うっかりしておりました。貴方様とはまだお会いしたことがありませんでしたな……。儂は昔、ローレシアにて神官を務めておりました者です。貴方が生まれる前ですから存ぜぬのも無理はありませんのう。……貴方様のお姿を見て、一目で我が国の王子とわかりました」
「そうだったのか……、いや、すまない。ここへ来るのがならわしとだけ聞かされていて、守人がいるとは夢にも思わなかった」

 僕は詫びの為の礼をする。
 老人が慌てて両手を振った。
「とりあえず、泉で身体を清めなされ。それからカイン殿を追っても遅くはなかろう」

「……そういえば、カイン殿とは何者なんだ?」
 先の疑問が解消されていなかったことを思い出して尋ねてみた。
 老人は再びはて、と首を傾げる。

「他国のことにはあまり興味をお持ちでないかな? ……サマルトリアの王子の名はご存じではないかのう」
 それなら知っている、なるほど……カインとは彼の愛称か何かか。
「アシュカイナ・アレフ・サマルトリア。……彼の愛称がカイン、ということでよろしいか?」
 うむ、と頷くと老人は手桶に水を取った。

「着衣のまま水を被るのと、脱いで水浴びするのとどちらがお望みかな」
「水浴びで」
 びしょ濡れで外を徘徊するのはごめんだと判断した僕は、思わず即答した。

 衣服を老人に手渡すと、水に足を踏み入れる。
 冷たい。
 しかし、先に噛まれた時の怪我も含めて身体が心地よく癒されていく。
 すっかり身体中の怪我が消え失せると、僕はほぅっと感心した。

「魔法の泉……というものなのか」
「なぜこのような泉が湧いていたのかはいまだに誰にもわかりませぬ。ローレシアを興そうとした勇者アレフへの、ルビス様からの贈り物なのかも知れませんな」
 なるほどと頷くと僕は泉から上がり、布を受け取って身体を拭いた。
 衣服を身につけてそういえば、と思いだす。

「アシュカイナ王子はローレシアに向かわれたと貴方はおっしゃったが……。……実を言うと僕は、彼と合流するつもりはない。ローラの門は父の画策で彼が居ないと通れないように見張られているが……出来れば一人で行きたいんだ」
「それはどのような理由で」
 老人に問われ、どう言うべきか少し考え込む。
 アシュカイナ王子と協力してこの先に進むべきなのは当然の話で、それを拒否するとなれば相応の理由が必要なのだ。

 この老人には恐らくドーヴィルの息はかかってない。
 彼にならば、正直に話してしまっても構わないと僕は判断した。

「……城での噂をご存じだろうか」
「噂……。現王と王妃、そして貴方様にとって芳しくない噂ならば聞き及んでおりまする。しかし所詮噂は噂。それに……」
 老人は何かを言いかけた。
 だがすぐに口をつぐんでしまう。

 噂の存在を知っているのならばその先を問う必要はないと判断し、僕は話を続けることにした。
「噂をご存じならば結構。……その噂の払拭……ロトの血の証明のための旅なのです。僕に本当にロトの血が流れているならば、闇の討伐が適うはずだ。だから、明らかにロトの血筋であるアシュカイナ王子が同行されると不都合なのです」
「討伐に成功しても彼の手柄になってしまうということですな」

 僕は無言で頷く。
 ふむ、と呟くと老人は顎に手を当てて考え込む仕草をとった。

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□モドル□


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