「……私……」
 そうして、ゆっくりと立ち上がる。
 膝に付いた埃を払うと、彼女は自分の両手をしげしげと眺めて瞳を潤ませた。
「ああ、元の姿に戻れるなんて……。もうずっとあのままかと思いましたわ……」
 ひとしきり感動してから、今度は僕らへと顔を向けて微笑む。
「みなさん、本当にありがとうございます。私はムーンブルク王の娘……」
「ローズマリー・ローラ姫ですね」
 相手が言い終わる前にそう告げると、彼女はこくりと頷いた。

 とたん、さっきまで固まっていたデアス殿が動き出した。
「姫! 姫、お守りできなくて誠に申し訳ございません! 私は、あまりにも恐ろしくて私は……。おめおめとこうして姫の前に立っていることが恥ずかしい……。姫、ご無事で本当によかった、申し訳ございませんでした!」
 そう叫ぶように言うとデアス殿はいきなり土下座をし、地面に突っ伏した。
 彼の必死な言葉に王女は目を伏せる。
 それから、首をゆっくりと横に振ると腰をかがめた。
「いいのよ、顔を上げて。誰も貴方を責めることは出来ないわ」
「姫……」

 デアス殿は歓喜と罪悪感とが入り混じった嗚咽を上げた。
 僕はカインと思わず顔を見合わせてから改めて王女を見つめた。
 王女はデアス殿の肩を優しく叩くと、身体を起こして僕達に向き直る。
「ご存知かと思いますが、ムーンブルク城はハーゴンの軍勢に襲われて壊滅してしまいした……。私はそれとほぼ同時に犬に姿を変えられこの街に飛ばされた為、ムーンブルク城がどうなっているかは存じません。が、今頃……きっと……」
 すでにその惨状を見ている僕達は何も言うことが出来ない。

 僕達の反応に何を感じたか、眉を下げて彼女は首を軽く振った。
「今は考えないことにいたしましょう。仇を取ってから……すべてはそれからですわ」
「……ええ。その通りです」

 彼女がこの時言った言葉を僕はさして気に留めず、ただ頷くだけにした。
「あっ」
 カインがいきなり声を上げたので何事かと僕達は彼を見る。
「自己紹介忘れてた!」

 この状況でやたら間抜けな物言いに、僕は呆れてため息を洩らしてしまった。
 王女はおかしそうにくすくすと笑う。
「存じておりますわ。レイカーリス・アレフ王子とアシュカイナ・アレフ王子、ですわね? 貴方達がこの街に訪れた時から気づいておりました。だからこそ、犬の姿の時に貴方達に纏わりついていたのです」
 王女は頷きながら語る。
 だけれど。

 そうか、……彼女は第一名しかまともに覚えていないのか。
 それもそうだ、各国第一子である僕らは本当ならしきたりの「アレフ」「ローラ」を副名に与えられていて当たり前のはずなのだから。
 カインも気づいたらしく、少し困ったように頭を掻いた。

「ぼくは確かにそうです、アシュカイナ・アレフ・サマルトリアです。でも、えっと、その……」
 戸惑っているカインを不思議そうに王女が見つめる。
 僕はふう、と息を洩らして一歩前に出た。
「……王女。私の名はレイカーリス・"アレン"・ローレシアと申します。以後、お見知りおきを」
 そういって深々と礼をすると、王女は自分のしてしまった間違いに気づいたようだった。

「……相手のお名前を間違ってしまうだなんて、一国を統べる者として恥かしいことをしてしまいました。大変申し訳ございません、レイカーリス・アレ……」
 そこまで言って。
 王女は言葉を切った。
 急に口元に手を当て、険しそうに僕を改めて見つめる。
「……アレン?」

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□モドル□


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