ふいに。
 誰かの、泣き声が聞こえた気がした。
 すすり泣くような、小さな声。
 思わずリークとデアスさんの顔を見たけど、もちろん二人はすすり泣いてなんかいない。
 なんだ、これ。

 ちょっとだけ背筋がぞっとしたぼくは、二人に「待って」と声を掛けた。
「どうかしましたか?」
 デアスさんは不思議そうに尋ねてくるけど……リークは、ぼくと同じく考え込むような顔をしている。
「……カイン、聞こえたか」
 ぼくが頷いて見せるとデアスさんはますます不思議そうな顔をした。
「風の音のことですか?」

「……誰か泣いている声が聞こえませんか?」
 彼に尋ねるが、彼は首を横に振る。
 でも間違いない。
 風の音なんかじゃない、これは人の声だ。

 誰かが生きていて隠れているんだろうか。
 でも、ぼくとリークには聞こえるのにデアスさんには聞こえていない?
 ぼく達だけに訴えかけている、のか、それとも。
 ……何か特別な仕掛けがあって、ぼく達だけに聞こえる仕組みになっているのか。

 仕掛け。
 仕組み。
 ぼくははっとして顔を上げるとリークの額を指差した。
「これだ、これだよ、これに掛かってる魔術のおかげでぼく達にだけ聞こえてるんだ! これ、顔に掛けたら相手の姿見えるかも!」
 ぼくに言われてリークが「あ」と小さく声を上げた。

 ぼくとリークは慌ててゴーグルを顔にかけてみる。
 デアスさんは何も言わず、ぼくらのやり取りを眺めていた。

 ゴーグルのレンズを通して見た城内は、……驚くべき姿をしていた。
 元の、まま。
 元の通りの滅ぼされていない姿。
 綺麗なままの姿。

「これって……」
 ぼくは呻きともつかない言葉を口にする。
 リークは頷いてから辺りを振り返った。
「……貴方は」

 リークの向いた方向にぼくも視線を向ける。
 一人の、壮年の男性が立っていた。
 その衣装から威厳から、……そしてこの幻なのかそれとも真実なのかわからない整然とした城内に佇む彼が何者なのか、なんて言わずと知れたことだった。
「ムーンブルク王……レンドルフ・ネイアス陛下……ですね」
 リークの言葉に驚いて、デアスさんがぼくらの視線の先をしげしげと見る。
 でも彼の目には何も映らない、何も聞こえないようだ。
「陛下が……レンドルフ王陛下がいらっしゃるのです、か?」
 リークが無言で頷いて見せる。
 ぼくは一度ゴーグルをはずしてデアスさんに顔を向けた。

 ゴーグルをはずせばやっぱり城内は荒れたままだ。
 生命を感じられない世界。
 なのに、ゴーグルを付けたその向こうは、魔物に襲われた様子なんて微塵もない。
 生き生きとした瑞々しい世界だった。

 もう一度ゴーグルを身に付け、王様に向き直る。
 リークは静かに歩み寄った。
「……やはり、貴方は……先だっての戦いで命を落とされたのですね」
「ローレシア王子、それにサマルトリア王子。よくぞ参られた」
 失意を込めながらも王様は、それでもかろうじての威厳を残しながら言った。

「何があったのです」
 リークが問うと、王様は視線を落として首を横に振った。
「あの時のことははっきりと覚えておる……。私と娘は、中庭でいつものように過ごしていた……だが、あの日……牢に入れておいた邪教の信徒が牢の縛めを破り……そしてそれを皮切りに、魔物どもが攻めこんで来おった……。城下で邪教徒がルビス信徒を誑かそうとしておるのを発見し、危険と感じた警らの者が捕らえておったのだが……。思えば、城内に潜り込んで結界を打ち破るための罠だったのだな……」
「なるほど、……理解出来ました。魔物がルビスとの盟約を破り、世界に名立たる魔法王国のムーンブルクをどうやって攻略したのかがずっと腑に落ちなかったのです」

 リークの言葉にぼくも頷く。
 世界に魔物がはびこっている、なのに街や村、城が襲われずに無事でいるのはなぜか。
 それはルビス様の加護によって街々村々が護られているからに他ならなかった。
 
 いや、加護というよりも正確に言えば魔物達とルビス様との盟約、だった。
 魔物も元々はルビス様に生み出された者で、ルビス神といえばすべての生きとし生ける者の親だ。
 それを裏切って、ルビス様の眷族でも何でもない他神を崇めるということはすなわち世界の破壊を目論むことを意味する。
 だから……ぼくらはハーゴンが立てているその神を邪神とし、そして「破壊神」と呼んでいる。

 だけど、破壊神信徒になってもやっぱり生みの親には逆らえないというか。
 生命の奥底にルビス様との約束をもっている者の方が圧倒的なわけで、その生命の底の盟約に……「ルビスの教会がある、一定の範囲では背反行為をしてはならない」という掟が流れているらしかった。
 だから、街や村が教会の周りに作られている。
 逆に言えば街や村には必ず教会か、それに準じる施設がある。


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□モドル□


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