でも、だからといって城からこんなにすぐ傍に、なんて。
 確かにあの子犬はまるで人の言葉が判るようだったし、ぼくらにべったり付いてきてなんだかおかしかった。
 それでいて、店の中には入って来ない。
 街の外にもついてこない。
 ただの犬だとしたたらあまりにも気味が悪い……気がする。
 だから。
 可能性は確かにものすごく高いと思うんだけど。

「もし違っていたら、それはそれでいい。だが予測が当たっていた時に、その子犬に何かあったら……僕達は一生後悔することになる」
「それもそうだね。了解、探そう」
「陽が落ちるまでに見つからなければ一旦この宿の前で落ち合おう」
 ぼくらは頷きあって、二手に別れて街を探し始めた。





 前王、か……。
 僕は子犬を探しながらも、さきほどの兵士の霊が語っていたことを思い出していた。
 王の霊と違ってうつろな表情でデアス殿しか見ていなかったあの霊は、淡々としかし恨みがましくずっと語っていた。
 卑怯者、裏切り者、と。

 だが、デアス殿が「ラーの鏡」と口にした時。
 少しだけ表情が変わった。
 そうして、
「償う気になったのか、前王に」
 と。
「確かにあの鏡は前王より私が頼まれていた。あれは……東の沼地に沈めてある。ローズマリー王女を救うのであればあれを持っていけ。だが貴様が前王にしたことはそれだけでは償いきれんぞ」

 前王に償う?
 デアス殿は一体何をしたのか。
 前王、といえば、……。

 僕は「あ」と思わず口にしてしまった。
 思いだした。
 ムーンブルクはローレシアやサマルトリアと違い、代々がストレートに流れてきた王家ではないことを。
 過去に帝王学の中で、兄弟国の歴史として学んでいたことを今の今まで忘れていた……いや、思いだす必要もないことだから頭の奥底にしまいこんでいた。
 今、父が……ローレシア王がそう狙われているように……前代のムーンブルクは王弟によって一度滅ぼされ、その王弟が新しく王座に就いたのだ。
 つまりローズマリー王女はその王弟の娘であり、前王から見ると姪に当たる。
 そしてさきほどの会話を繋げてみる。

 デアス殿が「王」を裏切ったのは残念ながら今回だけのことではない、ということのようだ。
 前王を滅ぼす手引きをデアス殿がした?
 それとも単純に今回のように攻められて逃げ出し、飄々と帰ってきて現王に仕え始めたのか。
 そこまではわからない。
 だが、その「滅ぼされた前王」というのが今回のムーンブルク陥落に何か関わっているような気がした。

 ここまで考えて一つ、ひっかかることがあった。

 前王にも確か、娘がいた。
 その娘は前王と共に滅ぼされたという。
 だが……。

 本当にそうなのか?

 僕の頭に疑問符が浮かんだ。
 あの、中庭の抜け道の存在。
 そして、その抜け道の先にいたトゥアールという兵士。
 前王から信頼され、神の鏡を任されていた兵士があの場にいた。
 ということは兵士の身分でありながら王家専用の抜け道を教えてもらっていたということだ。
 隊長と呼ばれていたのは確かだが、相当な高位にあったと推測できる。

 そういえば。
 僕達は、あの行き止まりに遺骸があったことで気を取られて大事なことを忘れていた。
 あれが抜け穴ならば、あの先に外に出る道があったはずなのだ。
 暗くて確認もままならなかったし、デアス殿の顔色がすぐれないのであのまま出てきてしまった。

 だが戻って調べる必要はないだろう。
 あそこに王女がいないということは事実だ。

 ……いや、待て。

 考えを終了させ、次へ行こうとした僕の頭に何かがブレーキをかける。
 前王とその娘はその抜け穴から逃げなかったのか?
 ひょっとして逃げ出して、今どこかで復讐の時を待っている、としたら?

 …………。
 ……。
 あの老婆の言葉がふいに蘇る。

「とても高貴な身分の娘だ。大事な者を失って悲しみにくれている。その娘は……自分の住んでいた家が襲撃されて、そこから追われたようだ」

 まさか。
 ひょっとして。
 あれは、ローズマリー王女のことではなく……前王の娘のこと、だとしたら……。


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□モドル□


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