そこまで考えた時。
 足の先に何かが軽く当たる感触がした。
 見ると、犬。
 探していた子犬だ。
「こんなところに居たのかお前」

 僕がそいつを抱きあげてやると、
「くーんくーん」
 と鳴きながら背伸びし、僕の顔を舐めあげてくる。
「くすぐったい、よせ」
 僕は小さく笑うと子犬を抱え直し、目の前に持ち上げてみた。

「……お前は、……いや、貴女は。ムーンブルクのローズマリー王女、か?」
 一瞬の、間。
 子犬は首を傾げたような動作をする。
 違うのか。
 言葉がわかっているように思えていたが、たまたま偶然の反応を見ただけなのか。

 そう思った時。
「わん! わんわん!」
 子犬が元気よく、まるで「そうだ、その通り」と言わんばかりに吠え始めた。
 やはりそうなのか?
 よく、わからないが……可能性はますます高いと感じる。

 さて、この子犬をどうしたものか。
 保護しておかなくてはならないが、宿で預かってくれるものだろうか。
 明日の鏡探しに連れていくわけにも行かない。
 とりあえずカインに相談してから考えようと思い宿へと足を向ける。

 もうすぐ陽が落ちそうだ。
 宿の前に来るとカインもちょうどこちらへ向かって来るのが見えた。
 僕の腕に居る者を確認すると、一目散に走って来る。

 ……思えばあいつも犬みたいなやつだ、などと思いながら僕は宿屋の入り口前で彼を待った。
「良かった! 見つかったんだね!」
「ああ。……それで、この犬……どうするべきかと思うんだが」
「どうするって? 宿屋のご主人にでも預かってもらえば?」

 カインが至って当たり前、という顔でそういうので僕はうーむ、と首を捻った。
「この子犬の正体を知った悪人が狙ったりしないか?」
「そんなんだったらとっくにそうなってると思うけど……」

 納得しない僕の様子にカインは腕組みする。
 それから。
「そうだ! デアスさんに預かってもらえばいいんじゃない! 明日の鏡探しはぼくたち二人で行けばいい!」
「デアス殿に……」
 
 曲がりなりにも兵士だった男、そうして城を見捨てて逃げたことを後悔している男……。
 あの兵士の霊と話している時の彼の瞳はよどみないように思えた。
 信用して、いいかも知れない。
「わかった。そうしよう。……今夜だけは宿の主人に事情を話して預かってもらおうか」
「そうだね!」

 犬が僕の胸の辺りを、ふんふん鼻を鳴らして嗅いでいる。
 僕らの話をわかっているのかそれとも……。

 さておき、宿の扉を子犬を抱えたまま潜ることにする。
「いらっしゃ……あれ」
 僕達の姿を見て主人が間抜けな声を出した。
「あ、すいませーん。ぼく達今夜もここで」
「あ、それはええんですが……その犬」

 僕の腕の中を指差してくる。
 どういうことだろう、僕ははやる気持ちを抑えて尋ねる。
「この犬について何かご存じなのですか?」
「いや……いつもハラペコそうにしてるんでエサやってるんですよ。結構ワガママな犬でね、残飯は食べないんですわ。しょうがないからわしらと同じおかずをやったりパンをやってみたりミルクをやってみたりしてるんですが、その時は旨そうに口にする……とと、野良犬の話なんかどうでも良かったですな。今晩は、今夜もお泊りで?」

 残飯は食べない……。
 間違いない、と思った途端にカインが「ぷっ」と吹き出した。
「ど、どうした」
 思わず尋ねると、困ったように笑って首を振る。
「ん、お姫様っぽいなって思ってさ、いかにも。そう思わない?」
「……まあな」

 僕は腕の中の子犬を見下ろした。
 子犬は何となく不機嫌そうにそっぽを向いていた。





「この子犬が、本当にローズマリー様……なのですか?」
 デアスさんが目を白黒させている。
 次の日の早朝、落ち合ったぼく達から見せられた子犬に、彼は驚きと疑いの眼差しを向けた。
 そりゃそうだ、こんなに都合良く、タイミングよく、王女が変えられたらしいっていう子犬に出会えるなんてそんなばかな。
 なんてぼくだって思うよ。普通なら。

 だけど、ぼく達にはルビス様の加護があるっていう絶対的な自信がある。
 リークが言ってたことだけど、この子犬が違ったんならそれはそれでいいんだ、うん。
 そんな話をデアスさんにすると、彼は「わかりました」と頷いて子犬を受け取った。


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□モドル□


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