そこまで思い至って、僕は中洲の小屋に居た老女の言葉を思い出した。
 家を追われた高貴な身分の少女が、どこかで生きている。
 それは果たして王女のことなのか。
 それとも。

「王妃様は……6年ほど前に亡くなったんでしたよね、確か」
 カインは別のことを考えていたようで、男に向かってそう尋ねていた。
 男は頷いて宙に視線をやる。

「はい。マリアンナ王妃は王女が9歳の時に……もともとお身体の弱い方でしたので、心の臓を病にやられて……」
「そうですか……なら、王の亡骸は王妃と一緒に埋葬して差し上げたいですね」
「……ええ」

 カインが「亡骸」から「王女」を外したことに男は気づかなかったようだ。
 頷いてから再びうなだれる。
 僕は水を一口飲んでから。
「明日……ムーンブルク城の様子を見たいと思っております。良ければ案内していただけませんか」
 僕の提案に、男は顔を上げて大きく頷いた。
「ぜひ!」



 男と明日の待ち合わせの時間と場所を決めて別れると、僕らはさて買い出しをしようと食堂を後にした。
 と。
 目の前に、またもや先ほどの子犬がいる。
 まさか、ここで僕らを待っていたのか?
 でもなぜ?

「またあの子だ、……なんだかここまで来ると完全に普通の犬じゃない気がしてきた」
「そう、だな……」

 なぜ僕らに付いてくることに拘るのか……。
 往来には人がたくさん行き交っている。
 エサをやったから懐いてしまったのだろうか。

 カインが歩み寄ると、子犬も寄ってきた。
 革手袋をはずして屈み込み、頭を撫でてやる。
「ごめんな、お前のこと連れて行ってやれないんだよ。ぼく達遠いところに出かけなきゃいけないから」
 頭を撫で終わって今度は顎を撫でると、子犬はその指先に鼻を当てて匂いを嗅ぎ。
 それからぺろぺろと舐め出した。

「あはは、くすぐったいくすぐったい」
 嬉しそうに笑って子犬を抱きあげる。
「困ったね。エサあげたからかな」
「僕もそうだと思ったんだが、……」

 なんとなく、何かがひっかかる。
 ひっかかるけれどどうしようもない。
 まあ明日まではこの街に滞在するわけだ、それまでは付いてくるというのなら付いてこさせてもいいだろう。

 ……などと言うのは建前で、僕自身がこの子犬と一緒に居たい、などと考えていたのだったが。




 リリザで買った鎖鎌を売り払って新しい武器を手に入れることにした。
 やはり剣の方が扱いなれている。
 二人で相談した末、まずは僕の武器から優先的に買わせてもらうこととなった。

 商品のラインナップに「鋼の剣」の姿を認めると、僕は一も二もなくそれを購入する。
「カインはどうする、新しい武器にしておくか?」
「うーん……そうだね、ちょっと槍とか使ってみたい。……軍資金足りる?」

 金貨袋を開けてみる。カインの欲しがっている「鉄の槍」を購入するにも十分な金額はありそうだ。
「わかった。それを買って……預けておいた銅の剣は僕に戻してもらおう」
「うん、……でもこの武器、まだ使うの?」

 カインは腰に差していた剣を僕に手渡しながら不思議そうな顔をする。
 僕としてもそろそろ銅の剣は使わなくても構わない状態ではあるが、これに関しても前と同じ不安がある。
 鋼の剣が僕の手に合わなかった時のことを考えるとどうしても使い慣れたこの剣を手放すことが出来ない。

「使わないかも知れないし使うかも知れない、……一応持っておく」
「そっか」

 それ以上彼も追及してくることはなかった。
 ついでに、元値が500ゴールドの棍棒も売り払ってしまうことにする。
 売値はたったの45ゴールドにしかならなかった。

「あはは、十分の一以下」
 自嘲気味に笑うカインの頭を軽く小突き、さて。
 武器以外の装備品の新調もしてしまいたいし、薬草などの買い置きも欲しい。
 僕らは持っていた軍資金を使い果たしてしまうほどに色々と買いこんだ。

「……明日からまた稼がないとな。随分貯めたつもりでいたが、どんどん物価が高くなってくる」
「ハーゴン以外に財政難もぼくらの敵かあ」
 二人で揃って顔を見合わせてから。
 なんとなくおかしくなって、僕らは笑った。

 子犬が不思議そうに首を傾げて僕らの顔を見つめていた。





第四章 前編 完

中編へ続く



□モドル□


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