「マリア! マリア王女!」
 声を張り上げて、僕は少女を探す。
 あのおてんば姫のことだ。
 城の中をうろついているうちはいいけれど、まかり間違って外に出たりしたら大変なことになる。
 そう思いながらも、いや、きっと。あそこに。
 口の中でつぶやいて中庭にやってくれば、そこに立つ大きな樹の枝に腰をかけている小さな人影が目に映った。

「……こんなところにおられたのですか。マリア」
「アレン様!」
 僕がマリアと呼んだその少女は、僕の姿を見るとこれ以上に無い明るい笑顔を見せ、するすると樹を降りてきた。
「アレン様、……あの樹の枝に登るとあの向こうが見えるの。きっと一番上まで登ったら世界中が見えるわ」
 外壁を指しながら落ち着きなく騒ぐ。
 僕はあきれてため息を洩らし、腰に手を当てて少しだけしかめ面をして見せた。

「……危ないから登らないように、と申していたでしょうに。近衛兵も何をしているのやら」
 僕がはしゃぎに同調しないことに、少女はしゅんとうなだれた。
 まだ、5歳にならない少女。
 こんなに幼い子供にしかすぎないのにすべてに愛される為に生まれたかのような愛らしい容姿、そしてすべてに愛される為に生まれたかのようなオーラを彼女は纏っていた。
 僕が彼女付きの教育係に任命されたのはいつのことだったか。

 マリアが生まれた日のことは良く覚えている。
 あまり若くない王に、初めての子が、しかもまるで伝承のローラ姫のような輝かしさをもった娘が生まれたのだ。
 王や周囲の喜びはいかほどであっただろうか。

「……アレン様、ごめんなさい、……えっと」
 声がわずかに震えているのを感じて、僕は彼女の頭をそっとなでると抱き上げてやった。
「あなたは将来、このムーンブルクを背負って立つ身です。怪我でもなされたら一大事。もう少しおしとやかになさってください。……怒ってはおりませんよ、心配していたのです」
 僕の言葉を聴いてマリアは表情を柔らかくする。
 そうして、僕の首筋にすがりついてくる。

「わかりました、もう木には登らない。でも、そうしたらどうやって強くなったらいいのかな」
「……強くなる? 何のことです?」
 木に登るのも何か思惑があってのことなのか。
 彼女の口から出た言葉を尋ね返すとマリアはこくりと頷いた。
「おおきくなって、ムーンブルクの女王さまにならなきゃいけないなら、わたしもお父様みたいにえいってたたかえなきゃいけないでしょ? ……でもわたし、今はまほうしか使えないから。けんでたたかうにはどうしたらいいのかな、って」
「……」

 この歳にしてこの責任感とはさすが、かの英雄……神に近き者、ロトの子孫であると頷かざるを得なかった。
 ……勇者ロト。
 それは実を言えば、僕の先祖でもあった。
 そう、僕が彼女付きに任命されたのも他ならぬ、その血によるもの以外の何者でもない。
 僕はサマルトリアの遠縁の出身であり、この国にある魔法学院に通っていたが……卒業してからもずっとムーンブルクに滞在を続けていた。
 そこへ、僕の出身を知った王が僕に声を掛けてきたのだ。

 王妃は今妊娠している……学院をトップの成績で卒業した僕に、生まれる子の教育係になってはくれないか、と。
 僕は一も二も無くそれを引き受けた。
 願っても無いチャンスだったからだ。
 ここから少しだけ離れた、ムーンペタという街の教会に勤める予定だった僕だが、城からの引き抜きがかかったことに教会の神父は至極残念そうだった。

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□モドル□


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