早く終わってほしい、終わって二人の元へ帰りたいと思った。 僕にはカインのような話術はあまり無い。 ガイアの鎧について、どうすれば上手く聞きだせるか……そればかりが頭を巡る。 そんなことを、運ばれてきたカクテルをじっと睨みながら考えていると、ふいに手を握られ僕の全身に鳥肌が立った。 驚いて顔を上げると、そこには笑みを浮かべたままのフレディオスの顔。 「君のことを、彼らと同じように"リーク"と呼びたいんだ。いいかな?」 「それは……、……。……どうぞ、ご自由に……」 「そうか良かった」
本当は嫌だった。 カインの付けてくれた愛称。 大事な親友二人にしか呼ばせていない愛称。 それを僕が恐らくハーゴンの次に嫌っているであろう男に呼ばれることに虫唾が走った。
だが月の紋章を手に入れていない、ガイアの鎧のありかも聞きだしたい今、怒らせるのは得策ではないと考えた。 が。 すぐに人に触れてくるのも気に喰わない。 この話し方も嫌だ。
城に居た時はドーヴィルに腹を立てることもあったが、その時の嫌悪感とは違うものを感じる。 今すぐ身に迫っている危機、のような物を、僕の中のどこかの感知機が訴えている気がするのだ。
「……それだけですか? もしそうなら、今度はこちらから伺いたいことがあるのですが」 「まあ、落ちつきたまえ。夜は長い。……もう一つあるんだ。それを聞いてくれれば君の願いも叶えてあげられると思うが」
ガイアの鎧を欲しがっていることを悟られてしまったか、と僕は聞こえない程度に舌うちした。 とりあえず軽くため息を洩らして相手の顔に目を向ける。 「……では、どうぞ」 促すとフレディオスはこほん、と一つ咳き込む。
それから握っていた手の力を緩めて手を開かせ、僕の掌を人差し指でなぞりはじめた。 手袋の上からとはいえ、その感触が伝わってくるとますますもって気色の悪さを感じて、思わず音を立てて椅子を動かしてしまう。 後退ろうとしたのだが出来なかったのだ。
その様子を見てとったのか、王はくつくつと笑った。 「リーク。今夜、俺のベッドに来ないか?」 「……」
一瞬の、間。 何を言われたのかよくわからなかった。 相手の言葉をもう一度反芻する。 その間に彼は更に続けた。 「今夜、俺のベッドで夜伽をしないかといっているんだ。そうすれば君の欲しがっている紋章も鎧も、渡そう」
ようやく。 事態を、飲み込む。 僕の頬を大量の冷や汗が伝っていく。
「ね、……念のため申し上げますが、私も貴方もお互い男で……」 「知っている。だが強い者に男も女もないだろう? 俺は強い者が好きなんだよ。強ければ魔物でも構わないとまで思っているがね。……君は素晴らしい。まだこんなに幼いのに強くたくましく、そしてこの美しく鍛え上げられた身体。君以上の理想の相手に出会ったことがないんだよ。俺はぜひ、君を手に入れたい」
今度は脂汗が吹き出した。 「……ご冗談を」 「本気だが」 真剣に自分を見つめてくるその瞳に更にぞわぞわと鳥肌が増えて行く。 どこまで本気だ? 試されているのか?
僕は思い切って相手の目を見つめて、尋ねた。 「貴方は以前にもこういう……つまり、男を相手に夜を共にしたことはあるのですか」
僕の質問の意を知ってか知らずか、フレディオスは口の端で微笑む。 「ああ。強い者は男女問わず、俺の物にしてきた。ベッドの上でみな善がってくれていたよ。先日も戦士を一人抱いたかな。君よりもかなりいかついタイプだった。彼に比べれば君はまるで女の子のようだよ」
そのとたん、僕は勢い切って、椅子を蹴るように立ち上がった。 「申し訳ありませんが私にはそういう趣味はありません、失礼します!」 手を思い切り振り払うと僕は帽子を手にして全力で駈け出した。 マスターが声をかけようとするが、僕は聞かずにそのまま出て行った。
彼が立ち去った後を眺めながらフレッドはさもおかしそうに笑っていた。 「逃げる兎を追い詰めるのも狩りの楽しさの一つさ」 呟くと、ウイスキーを口にした。
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