試合場の観客席。
 この前の賓客席とはまったく様相が違ってたくさんの市民が、たくさん並べられた座席で試合が始まるのを心待ちにしているみたいだった。
 ぼくらは席に座る必要がない、先頭まで出て行くとフェンスのへりにやってくる。
 リークが出てきたのを確認したらここをよじ登って風のマントで飛び降りる。
 もちろんマントは装着済みだ。

 ぼくら以外にも、盛り上がって座席に着かない人が大勢居た。
 ぼくとマリアはそれに紛れる形でフェンスに縋りつく。
「……マリア、これ、登れる?」
 ふと、気になって声をかけるとマリアはおかしそうに笑った。

「小さいころはよく木登りしていたわ」
「へえ……」
 ちょっと想像がつかなかったけど。
 なるほど、そういえばこの厳しい旅によく付いて来られるもんだと常々感心してはいた。
 昔はおてんばだったってことか……。

「もう少しおしとやかにしていなさい、と叱られて、やめたのだけれど」
「……誰に?」

 聞くまでもないことなのに、思わず口をついて出る。
 マリアは少しためらってから
「……アレン様に」
 とだけ、言った。

「そっか、ごめん」
「どうして?」
 ぼくが謝ったのを不思議そうに見つめてくる。
「……なんとなく」

 少しだけ気まずくなったぼくは試合場へ視線を落とした。
 マリアもそれ以上追究してくることはなく、同じように試合場へ目を向ける。

 まもなく試合が始まりそうだ、審判員が審判席へと姿を現した。
 
 しばらくしてから……闘技場の両サイドにあった鉄扉が持ち上がり、それぞれから人が姿を現した。
 一人は当然のごとく、ミレディ公女。
 変装なのか、口元に布を巻いてマスクをしている形になっている。
 そしてもう一人は……。

「あれ? ……リー……ク?」
 ぼくらは一瞬目を疑ってしまった。
 ぼろぼろにやつれた顔つきになっているのが遠目でもわかる。
 瞳に光は無く、装備はいつもの見慣れた物じゃない、煤けた色の鎧。
 そして兵士用の兜。

 一見すると、まるでどこかから買われてきた奴隷少年が奴隷剣士に仕立てられているかのようだった。
 これがローレシア王国の王子だと言われても誰も信じないに違いない。
 がんばれ、リーク。
 もうすぐ助けるから。

 心の中で呟いて、身を乗り出す。
 マリアも祈る様に両手の指を胸のところで組んでいた。
 ぼくはマリアに顔を向けると、小声で囁いた。

「試合がはじまったらみんなそっちにくぎ付けになるはずだ。その間にここを登って……飛び降りる。いいね」
「……ええ」
 マリアは力強く頷いた。
 彼女の裾がひらひらとしている旅着で登れるのか少し不安だけど、まあ……登るくらいならなんとかなるだろう。

 やがて。
 審判員が試合開始の合図を下す。
 それと同時に、戦士二人が剣を抜いて動き始めた。

 会場の客はワッと声を上げるとその試合に夢中になった。
 ……思わず。
 ぼくも、その試合に見惚れてしまう。

 まるで踊る様に闘う彼らのその姿に圧倒されたからだ。
 響く剣げきに、舞う土埃。
 ぼくがぼうっと見惚れているのに気づいてマリアがぼくの袖をちょいちょいと引っ張った。
 ぼくは慌てて我に返り、自分の頬をぺたぺたと叩く。

「……行こう」

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□モドル□


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