アズムール・ラルス・ラダトーム。
 それがラダトーム王国の王子の名だ。
 そして……親同士が決めたという、私の婚約者の名前でもある。

 でも私は彼が苦手だった。
 嫌い、というのとは少し違う。
 一緒にいて嫌悪を感じるわけではなくて、とにかく「居辛い」という表現、それが一番合っているのだと思う。
 彼が私に対してどういう感情を抱いているのかいま一つわからなくて。
 私に対して何を望んでいるのかがわからなくて……。

「マリー」
 扉を叩く音がする。
 部屋の窓から夜空の月を眺めている折、アズムール王子が私に与えた部屋へ訪れたようだ。
「……どうぞ。アズムール・ラルス王子」
 何気なく彼の名を口にすると、彼が苦笑混じりに声を上げた。
「アゼルでいい、と何度も申し上げているではありませんか。僕と貴女の間柄なのですよ」
 いいながら、扉を開けて入ってくる。
 両手には、満開の薔薇の花束。

 薔薇の香りが鼻腔をくすぐった。
 僕と貴女の仲とはいうけれど、私にとっては本当に「親が勝手に決めただけ」のものであり、それもただの口約束。
 私は彼に対して恋慕の情を持ち合わせていないので、正直な気持ちを述べてしまうとその婚約らしきものは、出来れば解消したかった。

「では、アゼル王子。……夜分に見回りお疲れ様です」
 相手の差し出す花束を受け取りながら微笑み返して見せる。
 すぐに彼から離れると、テーブルに置かれた花瓶に花を飾った。
 そんな私の様子を見ながら王子が小さく笑う。

「見回り、……まあ、そのようなものですが。それはともかくマリー。僕は貴女が我が国を頼ってくれて本当に嬉しい」
「頼る、といいますか、その……」
 弱気に口ごもってしまった。
 頼るというよりも、これからの旅に必要な情報を集めに来ただけだから。

 ロトの伝説。
 そして、光の玉。
 闇を封じるという光の玉は果たしてこの国に現存しているのか。
 しているならば何故それを利用して闇を制することが出来ないのか。
 その、確認。

「いやいや、多くを口になさらなくとも結構です。僕は貴女が無事にここにいらした、その事実だけで十分なのです」
 言いながら、私に歩み寄ってくる。
 かわすわけにもいかず様子を眺めていると私のそばに立った彼は、手を取ってきた。

「……このまま、ご滞在いただけるのでしょう?」
 王子の問いにどう返すべきか悩む。
 やはりといえばやはりなのだけれど、王子は私に討伐の旅を続けさせたくはないようだ。
 でもそういうわけにはいかない、……お父様の、国の皆の仇を取らなくてはならない……。
「いいえ、……申し訳ございませんが、必要な事項を手に入れれば早急に発ちたいと考えております。闇の討伐は一刻を争うゆえ」
「まだそのようなことをおっしゃる」

 私の返事に王子は呆れ声を漏らした。
「貴女はせっかく『ムーンブルクの悲劇』の最中も生き延びられた。なのにまたその命を危険に晒すのは、……貴女をムーンブルク王から預かっている身としては許すわけにはいかないのです」
「それは、その……」

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□モドル□


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