「マリー、いるんだろう?」
 扉を叩く音と……先ほどまで彼女の部屋にいた男の声。
 アズムール王子のそれだと知ると、僕は立ちあがって扉を開けた。
 案の定、仏頂面をしている王子がそこに居た。

「……マリアはここには居ません」
 相手のしつこさに呆れた僕は、やや棒読み気味に答える。
 だが相手の表情は変わらないまま。
 僕の肩を掴んで押しのけてきた。
「マリー! もう話など終わったんだろう、戻ってきなさい!」

 マリアをカインの部屋に行かせたのは正解だったと思いながら、僕は彼を部屋の外に押し出す。
「居ないと言っているでしょう」
「ふざけるな。貴方がマリーを連れだしたんだ。ここに居なければどこに」

 そこまで言いかけて王子は口を噤んだ。
 それから、「ああ」と頷く。
「アシュカイナ王子の部屋か」
「……そこにも行っていないと思いますが」

 僕は心の中で舌打ちをしつつも、極めて無表情に嘘をついた。
「他にどこへ行くというんだね」
 さて、どう切り返そうか。
 嘘を重ねてそれがどこまでもつか、読めない。

 ひとまず更に重ねてみることにする。
「……落ちつかないようなので、街のホテルに泊まらせることにしました」
「は? ホテル?」
 王子が素っ頓狂な声を上げる。
「なぜわざわざ民間の施設に行かせる必要がある! 貴方は少しおかしいのではないか? どこのホテルだ、言いたまえ」

 その物言いに少し苛立った僕は、眉を顰めながら相手を見た。
「元はと言えば貴方のせいでしょう。マリアに無理やり迫ったりするから、この城に居づらくなったのです。貴方は女性の気持ちをまったくわかっていない」
 我ながら滑稽なセリフだとは思った。
 女性の……マリアの気持ちをわかってないのはそれこそ、僕自身だ。
 自分で言っておきながら今の言葉が胸に刺さる。

「無理やり迫った、だと? 馬鹿も休み休みいいなさい。僕と彼女は婚約者同士。僕らは愛しあっている」
「マリアの口から貴方を愛しているとただの一度でも聞きましたか?」

 問われて、王子は詰まった。
 だが、すぐに顔色を取り戻す。
「彼女は照れているだけだ」
「……聞いていないのですね」

 思わず。
 相手を小馬鹿にした笑みを浮かべてしまう。
 ここまで、マリアのことで……他人のことでムキになっている自分が、信じられなかった。
 今までの僕ならきっとありえなかった……。

 僕に馬鹿にされたと悟り、王子は顔を赤くし始めた。
「ふ、ふざけるな! マリーをどこにやったのか言わないのなら兵を上げて街中のホテルを探し出す!」
「王子の個人的な事情で国民の血税を利用するのですか。アレフガルドの民もこんな君主を持って実に不幸だ」

 だめだ、頭に血が上っている。
 僕の中のもう一人の僕が、制そうとして声をかけてくるが……冷静でない今の僕にそれは届かなかった。

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□モドル□


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