「マリー、そんな、……」
 愕然と窓際にへばりついている男が、一人。
 そこへ壮年の男が一人やってきて声を掛けた。
「次期ラルス22世ともあろう者が、情けない姿だのう」

 声にはっと振り向くとアゼルは目を見張る。
「ち、父上……一体どうして」
 ラルス21世、その人が立っていた。
 だがラルスは首を横に振る。
「儂はしがない武器屋の隠居じゃよ」
「ふざけないでください! どんなに探したと……!」

 アゼルはいきり立つが、ラルスは手を伸ばして制した。
「儂は武器屋の隠居じゃから知らぬが。……兵は王を見つけても敢えて知らせなかった、とは考えんかね? 当然兵はすぐにラルス21世を見つけただろうが、兵がやってきても理由を説明して帰した」
「……何故」

 目を細めてアゼルが尋ねる。
「己の息子が親に頼りきりで我が侭に育ったと感じていたからな。ハーゴンに怯えるふりをして身を隠せば、自分の息子がもう少し次期君主としての自覚を持ってくれるかと思った……らしい、が。まだまだ頼りないようだの。ラルス21世はまだしばらく出てこんだろうよ」
「僕が我が侭? 頼りない? なぜそのようなことをおっしゃるのです」

 父の物言いにアゼルは腹を立てるが、ラルスは小さく笑った。
「己の惚れている女性の心ひとつすら掌握出来ぬ者が、人心を掌握出来るはずなかろうて……」

 弱いところを突かれてアゼルは黙り込んだ。
 が、すぐに顔を上げて噛みつく。
「マリーは僕を愛しています、照れて恥ずかしがっているだけ。それをローレシアの王子が騙してかどわかしたに過ぎない!」
「……だから、そのようなことではラルス21世は隠れたままだと言っておるのだ」

 呆れてラルスは肩を竦める。
 アゼルは口を間抜けにぱくぱくと動かしていた。

「言っておくがな、お前の我が侭一つでローレシアやサマルトリア、ムーンブルクとの国交を断絶することだけはならん。彼の三国は我が王家との親戚筋であるというだけでなく、アレフガルドにとって命の恩人の血筋でもあるのだ」
「父上までロト、ですか……」

 アゼルは吐き捨てるようにいうと背を向けた。
「ロトの血なんて消えてなくなってしまえばいいのに」

「お前はラルス16世が、どれだけロトの勇者に感謝していたか知らぬからそんなことが言えるのだ。いや……。ロトの血筋などは関係がない、アレフガルドを救ってくれた彼の青年、彼への並々ならぬ感謝にほかならん。我が国の依頼は竜王を倒すだけであったのに勇者アレフは16世がローラ姫を失って憔悴していることを汲み取り、ローラ姫を救い出した。本来ラダトームの後継ぎであるはずのローラ姫をアレフと共に送りだしたのは、その絶大なる感謝と、ローラ姫とアレフがどれだけ惹かれあったかを知っていたからだ。……我が王家はラルス16世の弟に寄って繋がってきたが……アレフが竜王を滅ぼさねば我が王家は一族郎党皆殺しであっただろう。こうして残っていられるのも勇者アレフのおかげ。そして、ロト三国は我々の王家ローラ姫の血をも継いでいる。その国との国交を断ずるということは、ラダトーム王家が恩知らずの恥知らずであるということを世間に知らしめることだと覚えておきなさい」

 一通りの演説を黙って聞いていたアゼルは再びラルスに顔を向けた。
「……マリーと僕の婚約はどうなるのです」
「うむ……。レンドルフ亡き今、ムーンブルクの当主はローズマリー姫となる。彼女の一任に委ねるしかあるまい」

 そこまで言うと、ラルスは背を向けて部屋を後にしようとした。
 アゼルは慌てて追いすがる。
「待ってください父上、……やはりお隠れになるのですか?」

 ラルスは顔だけ向けると静かに頷いた。
「……お前が君主としてふさわしい器を得た時にラルス21世は戻ってきて、お前に22世の冠を譲るだろう。精進しなさい」

 アゼルはそれ以上何も口にすることが出来ず、ラルスが立ち去るのをただ見守っていた。

END



□モドル□


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