父の名を出されると弱い。
 わかっていて彼も言っているのだろう。
 やはり、この国に来たのは失敗だったかも知れない、などと頭の隅で考える。
 どうにか口実を作るか。それともうまく抜け出すかしなければ私を軟禁でもしかねないという勢いだった。

「……王子、お願いです。私はどうしてもこの手でハーゴンを討ちたいのです……どうかお許しください。討伐が無事にすめば、貴方の元へ参ります。この身を貴方に捧げます。ですから、どうか……」
 弱弱しく懇願してみると、王子は困ったように眉尻を下げた。
「"無事に済めば"で済まされるものでしたら僕も貴女をぜひ送り出したいんですが」
 そう言いながら大きくため息を漏らし、そして……私を、抱きすくめた。

 息苦しさに息が詰まる。
 実際はそんなに強く抱きしめられているわけではないけれど、居心地の悪さに拍車がかかる。
 でも、……彼に悪意があるわけではないことに、好意でもって接してくれていることに、どうしても弱い。
 私に特別な恋慕の相手が居るならまだしもそうではない現状、彼の行動を制限する口実は何もなかった。

 ……いえ。
 もしあるとすれば、それは私の大切なあの方。
 あの方の名を出せば彼もいくらか思い止まってくれるに違いないとは思った。
 でも、あの方への思慕はただの私の片思いでしかなく、しかもあの方は……今は居ない。

「アゼル、王子、……あの、……苦しい、です」
 切れ切れにそう囁くと彼は小さく笑ってますます抱きしめる腕に力をこめた。
「愛しいローズマリー。貴女の柔らかいこの身体が傷つくのを見るに耐えません。貴女がどうしても討伐の旅に出るというのならば……僕もご一緒しましょう」
「……え?」

 一瞬、耳を疑った。
 彼が、私の旅に、ついてくる?
 何故か、それは困る……と、頭の隅で誰かが言った。
 私は今の二人とだけ、リークとカインとだけ居たい。他の邪魔は入って欲しくない。
 そんな思いが駆け巡る。

 どうしてそんなことを考えたのだろう。
 人手があれば戦力は上がるだろうし、助かるかも知れない。
 ロトの血を引いていないとはいえ私達とは親類関係にある彼だ、私達に協力するというのもごく自然な話。

 でも。
 いや。
 私はリークとカインが居ればそれでいいの。
 貴方は、来ないで。

 そんな思いが頭の中を駆け巡る。

「あの、……王子にそのようなお手間をかけさせるわけには」
「手間ではありません。僕は自分の将来の妻を守るだけです」
「……」

 将来の妻。
 ああ、なんとなくわかった。
 私は彼に、彼の「物」扱いされるのがきっと嫌なのだ。
 旅に同行すれば何かと私との関係を誇示するだろう。
 それによってリークとカインとの間に壁が出来てしまうのが、嫌だった。

次へ



□モドル□


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