「……ムーンペタに一人で居た時のことを思い出すわ」
 ぽつり、と彼女が呟いた。
「呪いで姿を変えられていた時、か?」
 僕に言われてマリアはこくりと頷く。

「貴方とカインが来て……その時はもちろんまだ、私がその犬だと貴方は気づいていなかったけれど、優しかった。抱いてくれて、ご飯をくれて撫でてくれて……。嬉しかった。それと同時に早く人間に戻って貴方たちの旅に加わりたいと思った。だから……貴方が付いてきてはいけない、と怒った時、悲しかったの」
「それは……」

 僕が視線を落とすとマリアは首を小さく横に振った。
「大丈夫。貴方がどうしてそう怒ったのか、わかっているから。……ありがとう」
 そういうと微笑みながらマリアは僕を見上げる。
 なんだか不思議な感覚だった。
 胸の高鳴りを感じるけれど、……この気分は何だろう?

 そんなことを考えているとマリアが僕の胸元にすがりつき、小さな、小さな声で言った。
「……ねえ、リーク、……キスしても良い?」
 本当に小さく。
 耳まで赤くなって。
 部屋が静かだったからどうにか聞き取れたが、それほどまでに小さい声だった。

 僕はといえば。
 彼女の口からそんな言葉が出るとは夢にも思わなかったので、……正直に言えば硬直していた。
 どうしたらいいのかわからない。
 どうしたらいいかさっぱりわからない僕は……ここで、敢えて空気を読まない発言をしてみようと思った。

「……マリアがいつも口にする、……『あの方』を裏切ることになるんじゃないのか」
 ぴくり、とマリアが肩を揺らす。
 目を伏せて何かを考え込むような様子になった。
 二人とも言葉を口にせず、静かな時がしばらく流れた。
 ややあってようやくマリアが顔を上げる。

「不思議な気持ち。……貴方なら、そうはならない気がする。いいえ、……私がアゼル王子とのことで裏切ったと感じてしまったのは……あのお方ではなくて、……」
 そこまで言いかけるとマリアは言い淀んで言葉を止めた。
 どうする? 先を問うか?
 いや、彼女が自分で言うまで待とう。
 僕はとにかく女性の心理などが良くわからない。
 下手を打つよりも相手の出方を待とうと思った。
 ……だが、次に彼女の口から出た言葉は。

「……リークは、……カインのことが好き?」

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□モドル□


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